大阪民国の犯罪事情を調査して戦慄した件について

最近、在日犯罪や特権云々に関しての調査をしているのですが、調べれば調べるほど在日が悪いだの何だのという批判が的外れなのではないかという事に気づき、大阪民国で起きた凶悪事件(尼崎連続変死事件附属池田小事件)を調査しました。

その結果、関西の古都(京都・奈良・大阪)を覆うどうしようもない空気やスラム街的な価値観が根底にあることに気づき、心底戦慄しました。

いや、ここ数年の調査テーマの中で一番おぞましいです。コレ。 :cry:

で、今回のテーマの鍵となる言葉がコレです。

「ネポティズム」

縁故主義(えんこしゅぎ、Népotisme ネポティズム)とは、親族の縁、地縁、血縁などの縁がある縁故者のほうを重用する考え方や、ものごとの正しさよりも縁故を優先してしまう考え方のこと。

社会学の分野においては、同族・同郷者に限らず同じコミュニティに属する人間の意見ばかりを尊重し、排他的な思想に偏る内集団偏向のことを指す

(在日)朝鮮人の思考や行動パターンはまさにこの「ネポティズム」に依る部分が多く、これは極左や極右やエセ同和にも共通して言える思考パターンと言えます。

このネポティズムと関連した犯罪という視点から尼崎連続変死事件を追っていくと、なかなか興味深いスラム街の住人の生態系が見え隠れしてきました。

・角田美代子は左官の手配師、角田政則(在日説あり、ただしソースは実話ナックルズ)の娘として産まれ、若い荒くれ者職人が頻繁に出入りして同居するというクッソガラの悪い環境で育った。

・母親はちょんの間(売春宿)の経営者。

・親は子供に興味がなく、ネグレクト状態、学校で同級生の親の手作り弁当を盗み食いするなど、極端に愛情に飢えていた。

・小学校から不登校気味で、中学からは完全に不登校、たまに不良仲間を引き連れて校内で弱そうなやつに因縁をつけて暴れるを繰り返す

・3年の時の担任にのみ心を開いていたが、問題行為は収まらず、頻繁に補導されていた。

・高校は2ヶ月で中退、伯父のヤクザの仲介で、売春婦に転落。

・二十歳の頃一度結婚して普通の家庭を築こうと試みるも即離婚。

・30歳頃には立派な売春宿経営者に成長、稼いだカネはギャンブル、シャブなどに消えて借金まみれのシャブ中に転落

・幼馴染の角田三枝子を家族に加えて義理の妹にする。

・在日朝鮮人の鄭頼太郎と結婚するも離婚し同居を続ける、家では美代子のサンドバック役。

・三枝子が鄭頼太郎の息子を出産し、美代子の養子とする

・昔愛人に囲われていた山口組の大物企業舎弟に、よその家の恐喝乗っ取りテクニックや保険金詐欺を指南され、親戚を次々に餌食にしていく。

角田家の「暴力装置」として悪名高かった李正則受刑者も、ヤクザに身を落とし、シャブ漬け、借金漬けになって首が回らなかった所に義理の父のツテつながりで角田ファミリーに「処刑役」としてスカウト、めでたく角田美代子の伯父のヤクザの養子として角田ファミリーに組み込まれ、乗っ取りターゲットの家に「正則の悪タレを更生させてほしい」という理由で強引に送り込んでは悪行三昧(金の持ち出し、暴力、強姦)をしては難癖をつけて、角田ファミリーのアジトに家族全員を連行し、不動産などの全財産を巻き上げ、会社を辞めさせ、保険を解約させて退職金や解約金を巻き上げる、そして監禁した家族に批判合戦をさせて殴り合いをさせマインドコントロール。

あれっ?すごく「レッド」と既視感が・・・

要は、血縁や結婚、養子縁組といった形でターゲットの一族の親族になり「警察の介入が難しい状態」を作り出すというのが、彼らの悪辣な手口でして、関東ではあまり聞かないスタイルの犯罪と言えるでしょう。

そりゃ、関東でもアウトローな人はいくらでもいますし、怒羅権のような凶暴な在日犯罪者集団もいますが、こういう血縁を利用した「家族解体業」的な犯罪は殆ど無いように思います。

附属池田小事件の宅間守も、養子縁組や結婚後に女性に暴力を振るいまくり離婚和解金をせしめて離婚など、共通点が多々見られます。

>一番目の妻S子からは、離婚訴訟で「百二十万」の和解金を得た(平成二年十月)。

>二番目の妻K子とは円満離婚だった。しかし平成十年に、「興信所で編しとられた」と三百万」、「事故を起こした」と「百万」を「貰った」。一切の連絡を絶つという条件であった。しかし平成十三年一月、会社に行く、上司に言うと脅し、「三十万円」を得た。さらに本件犯行直前の平成十三年五月末に金を無心した(二十万円が振り込まれたが、宅間守が受け取るまでに本件犯行がなされた)。

>養子縁組中のM子から「車買う」と「百何十万か貰った」。離縁後に、「借金作ってどうしようもないから」と「嘘ついて」、「百五十万程」「形としては借りた」が、「返す気なかった」。

>そして措置入院したJ病院から退院直後に、サラ金から金を借りまくった(平成十一年五月)。「仕事も失って、こんな状態になったら、I子の責任やと思ったからね。いずれ殺さなあかん思ったからね。そのためには軍資金がいるし。もうどうせ殺して刑務所に行くような人間やから、借金を踏み倒さな損やと思って、だから一気にコンピューターがオンラインでストップかかる前に三宮に行って、サラ金が密集してる所」で、「サラ金のカードを五、六枚」で「キャッシングして」、三百万くらい一気におろした」。「サラ金が追い込んできよった」。「実際には破産宣告してない」が、「司法書士に頼んで、破産の通知書を送ってもらっ」たら、サラ金は取り立てに「来んようになった」という。

>三番目の妻I子との離婚の原因を作ったとして、M子に対する損害賠償請求を起こした(平成十三年一月ころ)。三番目の妻I子からは、離婚調停で三百万」の和解金を得た(平成十年六月)。ところが、平成十一年十二月離婚調停無効確認訴訟を起こし、復縁できなければ.一千万」を支払えと要求した。

他にも敢えてアパートで問題行動を起こして家主から引越し代をせしめたりと、角田美代子の行動原理と全く同じです。あちらより稚拙な感じはしますが。いや、だからこそあのような自暴自棄の犯行に至ったのかと思いますが。

>平成十二年十一月に××にあるハイツから引っ越した。家主から「僕が原因で三、四人出て行った」と文句を言われた。「強制執行されるまでずっと居座ったる」とか「引っ越し代」とか

あとはネグレクトな家庭環境が似通っている点も挙げられます。

>母宅間○○は昭和五年生まれ。実家は比較的富裕な農家であった。家事、育児は不得意であったらしい。昭和五十年ごろまで働いていた。一時期、父と別居したこともあった。老人痴呆となり、平成十二年一月から老人ホームに入所している。母について、宅間守は、大人に成り切ってない、感情で動く、勘だけで生きてる、などという。

 

また、中学生の時の行動調査で

>在日朝鮮人の同級生に対して、「朝鮮とか、出て行けとか」言って嫌がらせをした。

尼崎の工業高校時代に本人の書いた反省文の中に以下のような記述がある辺り、恐らくこの時代に濃厚な尼崎の被差別階級民文化に染まったものと推定されます。

>××工業高校に入学してから今日に至るまで自分自身何もここちいう頑張りが、なかった.…
部落問題の事である…俺自信の意見だが、部落差別について積極的に取り組んでいる日本人が、何百万いるかしらんが、過半数の人が、部落民を差別したしているしていた現実である。俺は、大日本帝国民の一人としてこういった陰気な問題を解決する事を望んでいる…俺は、案をもっている。部落民自信も生れてくる子が、可哀想、不幸になると思っているのなら子を産まなければいいと思う。部落民が、団結して子をこさえないという条例みたいなものを出し一人も部落民が、子を産まなければ、条例を出し合った最終日以後受精女が、おらなければ、すでに妊娠している部民女が、出産してその子が、死ぬ時が、滅びる時だ…まあ百五十年以内には、滅びる。これも一つの方法だと思う…最後に俺自信の大きな反省点は…先の事を考えて行動せよ。それだけ」である。

 

あと、弱い者いじめを平然と行うという性質も角田美代子と一致しています。

>父は、「気が弱くて体力のない同級生を手下のように使っていたようでした」と供述している〈調書〉。また「同級生の比較的力の弱い……知能程度が自分より落ちる……出来が悪いというのんを家来に従えて、自分の思うように使う」

あとは強姦に対して罪悪感ゼロな性質も異様です。

>「高校一年の頃……何度か電話……やりとりの中で、礼儀正しい。きっちりした内容の受け答えする。他の男性よりしっかりしている。噂とはちょっと違うな。と思う様になった……高校二年….:単車でドライブ……堤防で……布をいきなり私の口に
当て……その時の宅間の目つきは鋭いものがあり、抵抗したらどんなひどい目に遭うかもしれないと咄嵯に考え、後は宅間のなすがままに強姦されてしまった」と

>昭和五十九年十一月二十一日強姦事件を起こした。マンション管理会社に勤務していた。家賃を滞納している水商売の女性の部屋に上がり込み、顔面を殴打し両手で首を絞めるなどの暴行を加え、強姦した。右翼から二百万円を要求ざれ九州に逃げた。そして罪を逃れようと考え、自らT病院に入院した。なお昭和六十年十一月十日逮捕されたが、一貫して同意に基づくものであり無罪であると主張した。その主張は退けられ実刑判決を受けた。

なお、彼のトータル犯歴はこんなです。

①昭和六十年十一月十日強姦で検挙(昭和六十一年七月三十一日大阪地方裁判所懲役三年)。強姦は昭和五十九年十一月二十一日。
②昭和六十年八月十九日傷害で検挙(起訴猶予)
JR新大阪駅前でタクシー運転手に暴力。
③平成二年二月一日航空法違反で検挙(起訴猶予)
ヤクザに追われて伊丹空港に逃げ込んだ。
④平成二年五月十三日傷害で検挙(罰金五万円)
平成二年五月十日駐車場において男性の顔面を手拳で殴打。
⑤平成五年九月二日強姦で検挙(不起訴)
テレクラで知り合った女性と性交渉を持ったが金を払わなかったと告訴された。
⑥平成九年八月十三日傷害で検挙(不送致)
同じマンションの住人に暴行・傷害。
⑦平成十年八月十三日傷害で検挙(罰金十五万円)
同日××職業安定所で三番目の妻I子に対し、手拳で殴打。
⑧平成十一年三月十四日傷害で検挙(起訴猶予)
平成十一年三月十二日当時勤務していた××小学校で精神安定剤を炊飯器の米飯に入れ、入院を要する薬物中毒を教師四人に負わせた。
⑨平成十一年九月八日住居侵入・器物損壊で検挙(起訴猶予)
平成十一年九月七日かつて養子縁組をしたM子宅の風呂場ガラス戸を角材で叩き割った。
⑩平成十一年十一月二十四日器物損壊(不送致)
交通トラブルから喧嘩。
⑪平成十二年十月十四日傷害で検挙(本件犯行とともに起訴)
××ホテルの正面玄関で、運転中のタクシーの逆走を注意したホテルドアマンに頭突きし、手拳で殴打し、暴行・傷害。
⑫平成十三年二月一日暴行で検挙(本件犯行とともに起訴)
交通トラブルで暴行。
⑬平成十三年五月八日器物損壊(本件犯行とともに起訴)
五台の車のタイヤ十三本をアイスピックで突き刺してパンク。

関東でも新宿西口バス放火事件のように、人生に絶望して無差別殺人に走った事例はありますが、6人死亡、14人負傷という大惨事になったのにも関わらず、犯人のあまりにも不幸な身の上と、それまで一切犯歴が無く真面目に生きてきた事、被害者から減刑をと嘆願されたこともあって情状酌量され、無期懲役に減刑された事と較べても、関西の犯罪の傾向は異様だという気がしてなりません。

では、全員生まれ持った素養が悪いからこうなったのかと言われると、それは全く異なる気がします。李正則受刑者は、不良警官崩れの小学校の校務員の義父とシャブと義父が作った借金漬けのだらしのない母親に親戚中をたらい回しにされながらも、高校野球の強豪校で特待生として活躍し、真面目にアルバイトをしながら主将を務めるなどリア充生活を満喫、卒業後は新日鉄住金(当時は住友金属)に就職し、順風満帆な人生を送り出そうとした程の人間です。

では、何が原因で道を踏み外したのかと言われれば「クズだらけの親兄弟に引きずり落とされた」のが理由です。

まずは借金漬けの母親が就職した李正則を勝手に保証人にして借金をしまくり、会社に怖い人達が押しかけてきて敢えなく退職、そしてヤケクソになった正則は地元の暴力団に入って、全身入れ墨にシャブ漬けという華麗な転落コースに。27歳で結婚し(この結婚も相当アレな人脈だったようですが)、子供も生まれ一旦は足を洗うも今度はヤクザの義父が山のような借金をこさえて来る。

その借金の整理屋として角田美代子の内縁の夫の鄭頼太郎経由で美代子を紹介され、様々な因縁をつけられ、無理やり妻子と引き剥がされて離婚、そして角田ファミリーの拷問役にスカウトという流れです。

「家族喰い」の冒頭で、無知な老人に生活保護受給のレクチャーをして、その上前を巻き上げる「修子(仮名)」という人物が登場するのですが、そのやり口というのが「あんたの家のクーラーが壊れているから直してやる」と言って飲み屋で知り合った老人の家に上がり込んで勝手に業者を呼んで付け替えさせ、「費用は建て替えたから何十万円払えと」マージンをたっぷり乗せた額を要求するというもの。

逆らったり文句を言ったら即殴る蹴るの暴力を加えて言うことを聞かせるという感じで、角田美代子のやり口と同じ過ぎでゾッとしました。

というか、こんな因業ババアは尼崎にはゴロゴロいるって取材で証言が得られた辺り・・・ :cry:

どうやらシャブ、暴力団、被差別階級民といった問題が黒い霧のように尼崎をはじめ大阪、京都、奈良といった広域に漂っており、こういう「スラム」出身者の刹那的でアウトロー感に満ち溢れた生き様がこういった陰惨な事件を産み出しているように感じます。

何か泥の中から生えて花開いた蓮の花が、花開いた瞬間に毒蟲に食い荒らされて元の殺風景な泥沼に戻るようなイメージが頭のなかに沸いてきました。

彼らの価値観というものが色々資料を読んでもどういう物かなかなか理解できなかったのですが、

>小学四年のころ、「身分的いうか、家が貧乏か金持ちか」を「常に意識しとった」。「借家住まいの奴とか」に、「お前の家、家賃の家やろう、言う」て嫌がらせをした。

という宅間守の供述から「金があるか無いか」しか価値判断基準がない、という点が分かってきました。

次に犯行直前の行動についての供述で

>「中古屋に行って、で自分のマンションの一階に駄菓子屋があるから、そこで自動販売機でコーヒーかコーラか小銭出して買おうと、ジャラジャラ入れとったんですよ。なら五十くらいのおばさんが自分の家の横にしゃがんで、花壇か何かに水やってる光景があったんです。このおばさんをブスブスやってるシーンを、ずっとおばさん見ながら考えとったんです。小綺麗なおばさんやった。だから余計殺意が出た。殺す価値があるなあと

どうも、綺麗だったり幸せそうな物を見ると壊したくなる、奪いたくなる、自分が幸せになれずに惨めなのは成功しているやつが悪いという責任転嫁、そして幸せな相手を自分と同レベルに以下にまで叩き落とすことや、財産を奪い取る事に快感を感じる。

また、心理検査所見では

>「社会全体に恨み」がある。二十一歳のときの強姦の裁判で「疑わしきは罰せずで無罪と言ったって、別に天と地がひつくり返るような判決やない」のに三年の懲役であった。「同じこの世に生を受けて、何で医者や弁護士、どこが違うねんと思った」「国家のピラミッドの頂点の奴にええ思いさすために、自分らが犠牲になって。何かそいつらのために利用された人生みたいな。自分の人生じゃなくて。ピラミッドの頂点の奴の快楽のために、自分が利用されてるだけの人生で。それやったら、社会に鼻くその一つでもつけて死んでいきたいとか」思う。

P‐Fスタディ(日常よく経験するような欲求不満場面が描かれた二十四枚の絵を見せ
て、被験者の欲求不満に対する反応や欲求不満耐性を査定する検査)での検査結果では

>また攻撃性の型をみると、障害優位型(01,%Ⅱ六三)であり、失望や不平(それも「あつ
そう」等の投げやり的な態度)を表明するのみで、責任の所在を明らかにする姿勢や、問題解決へ向かおうとする姿勢が見られない。被験者の唯一の問題解決を図ろうとする反応が「金を出せ」であることは、その性質をよく表していると考えられる

スラム街の住人の発想を精神医学的に分析するとこうなるんだろうな~というような結果が出ていたりとなかなか興味深いです。不満はあれども解決するために知恵を絞ることをしない、やることは結婚や養子縁組で相手を絡め取った上、相手を恫喝して金を奪い取るのみ、というのは両者に共通した発想と言えるでしょう。

ただし、その金を元手に何か商売をしたり増やす才覚もないので、ネポティズムにで結束した疑似家族内でひたすら下等な趣味に浪費してあっという間に使い切る、そして次のターゲットを見つけて同じことを繰り返す。

なお、地元では角田ファミリーは金髪デブ軍団と呼ばれており、李正則は重度の糖尿病に罹患しながらもインシュリンを打ちながら高級焼肉を食い漁り、空いた時間はずーっとパチンコを打ったり、飲み屋で自身の金回りの良さをアピールして次のターゲットを物色していたとか何とも言えぬ生活を送っていたようです。

というか、それを見て何もしない尼崎民と警察が一番ヤバいと思いますが・・・

成功した人間にタカって食い物にしたり、まっとうに生きている人の人生を破壊して金銭を得るような文化は、よそ者だらけで他人に無関心な関東文化圏ではやっぱり起き得ないタイプの犯罪なんだなと思ったりました。

 

大阪民国の犯罪事情を調査して戦慄した件について” への12件のコメント

  1. 読んでて眩暈が。西の方が危険地帯がたくさんある気がします。広島で言ったら広のあたりです(仁義なき戦いの舞台)。九州だと北九州は盛りだくさん。日本マクドナルドは犯罪率の高いところには出店しないとマーケティングの本で読んだことがあります(真偽不明)。マクドナルドの店舗マップと犯罪率の地図を重ねてみるとおもしろいデータになるかもしれません。

  2. たかZZZさんの書き込みを見て思い出しましたが北九州市で就職した友人が
    「土地の人からあの地区とかあの道路の向こう側とかに行く時は絶対クルマに乗っていったらダメ。当たり屋がウロウロしてて事故ったら最後ケツの毛までむしられる。それで自殺した人が随分いる」
    と言われたと、かつて話してくれたことがあります。
    その「あの地区」とか「あの道路の向こう側」というのはいわゆる「部落」や「朝鮮人街」のことらしいですが。
    あと、近畿大学卒業の知人も同じようなことを話してたことがあります。
    「地元の友人達が『あの道路の向こう側には行っちゃいけないよ』と教えてくれた」とか。
    わたしの地元も普通に「部落」がある所なのですが、その手の話は聞いたことがありません。なんか不思議な気がします。どういう歴史的経緯があってこんな違いが出たのか?

    • 広島は北九州がやらかしまくったおかげで、犯罪都市の汚名を返上できたとか広島人が言っていましたね・・・
      当たり屋や因縁付けが凶悪化するためには「他人の家に乗り込んで乗っ取る」という行為が可能かどうかにかかっているような気がします。
      要は家の外で保険屋や士業を介在して交渉する分には無茶できないわけでして、半グレみたいな連中を家に入れるような文化の有無でそのあたりの明暗が別れている気がします。

  3. なんか色々申し訳ございません。と言う気持ちです。ネイティヴ大阪人として恥ずかしいですね。こんなのは滅多にないレアなケースですよ。と言えないのが全てを表してまして、住民も今となっては、またか、とか、今度はなんや?とか変な免疫ができてる気がします。
    自分に所縁のあるエリアで、一昨年中学生男女が、無残にも殺されました。更に遡ること約10年、同じエリアの小学校で卒業生による、教師への殺人事件がありました。単純にたまたまなのかもしれませんが、そんな出来事に対して、関西人は、特に大阪人は忘れるのが早すぎる、と言うか、鈍感と言うか、麻痺してる気がします。
    この事実シャモさんどう思います?

    • うーん、スラム街の論理は私も高校卒業後一年間ドヤ街よりちょいマシなレベルの土地での肉体労働をして理解したつもりだったのですが・・・

      関西の出自を徹底期に問い詰める底辺理論は正直私には理解はできません。

      ただ、そういう理屈で生きている人たちが沢山いる、出自で徹底的に差別して区分化する文化が地元から逃げ出せない人々に救いようのない結末を与えているという現実だけは理解できます。

      私としては、「いっそ出自なんか問わない、誰も気にしない東京でやり直したら?」とか言いたくなるんですけどね。

  4. しゃもさんの平仮名と片仮名間違えておりました。寝起きでコメント申し訳ありませんでした。

  5. 大阪でも出自を気にする人は気にしますし、気にしない人は気にしませんよ。その割合に東西で明瞭な違いがあるとも感じません。

    もしも東京がそれほど寛容な街だったら、東京電力が事故を起こしておきながら福島から避難してきた人を差別したり脅したりすることはなかったでしょうね。これは「出自」とは概念的に違うかもしれませんが、排他的な思想であるという点で根底が一致しています。

    もちろん、東京の人はみんな不寛容だと決めつけることもしません。

    排他的でない人間は、大阪の文化にせよ東京の文化にせよ、悪感情をばらまくことはないのです。

    • 東京人的には「出自を気にする」ではなくて「無関心」が正しいですね。そんな物聞くだけ野暮ってもんで。第一反省文に同和問題を書くとか異次元な発想ですし。
      放射能イジメについては「原発反対」を声高に叫んでいる無知で意識高い系のご家庭のご子息の正義感に基づいた行動なのではないですかね(嫌味)。少なくとも意識の低いノンポリ関東人は福島民を差別したり、原発事故の事を揶揄したりはしませんよ。政府や東電への批判はいくらでも言いますが。
      というか、そういう運動にご熱心な中央線沿線とその南部、横浜辺りのプロ市民様なんて関東の恥というか闇に近い存在なのですが。彼らが将来の被差別民にならない事を願ってやまないものです。

      あと、勤め先には大阪人が沢山いるのですが、彼らに私のミナミのお散歩体験や立ち飲み屋でのダメなおっちゃんたちとのトーク内容を話すと、皆汚らわしいものを見るような目で私を見ますよ。

      向かいに座っている山崎民の子なんて「大阪と京都の両方から敵扱いされる」と言って決して地元言葉を使いませんし、地元に帰る気もゼロってあたり闇の深さを感じてなりません。

      つまりそういうことです。

  6. なるほど、確かに山崎は微妙な地域ですね(笑)住所的には大阪府ですが、市外局番は京都だったりしますしね。
    話しは変わって、大半の大阪人は東京を敵視しますね。東京への就職は魂を売ったとまで言う人もいたりします。何とか東京に勝ってる所がないか、あらゆることを探しています。また東京以外の全ての土地を、見下していますよね。勿論口にはみなさんしませんが。
    面白いのは、それに輪をかけて、京都の人は京都以外の全ての土地を見下しています。こっちは1200年の歴史がある。そんな感じですかね。かたや東京以外は自分達より下や、と思っている人と日本全国全ての中で、一番だと思っている者とが隣合わせってどうなんでしょう?山崎はそんな間に挟まれた、大変な地域なんでしょう(笑)
    blogの趣旨と掛け離れますが、ここ最近思うのは、大阪という土地で何百年にもわたる社会実験をしてるんではないか?そんな事さえ考えてしまいます。本当になんかおかしいんですよ。大阪あるあるとか、大阪の常識は全国の非常識とかやってみて下さい。(過去に書いておられたら申し訳ございません)

    • 尼崎事件の本を読んでいて、ドヤ街みたいな場所だと「どこの出か」と聞くのはタブーだと書いてありましたね。

      京都もそうですが、外からの人を受け入れる土壌はあるのですが、あくまでも下京やドヤ街みたいな所に「賤民」として受け入れるって感じなのかなと思います。洛中民の選民意識は相当なもののような気がしますし。

      東京は優秀なら何でもいいという感じですから、その点は大分違う気がします。むしろ郊外DQN民に対する差別意識のほうが高いような・・・

  7. 初めてコメントさせて頂きます。
    幼児数人を子育て中で、本を探す余裕がないので、幸田文さんの随筆や、読みがいのあるブログなど読んで活字欲を紛らわしております。
    しゃもさんは、本物の江戸っ子なんですよね😊 文さんの思い出話に出て来るような、川柳の「江戸っ子は五月の鯉の吹き流し口先ばかり腸はなし」みたいな、口は強いけど、さっぱりして、本当に困っている時はさりげなく手を貸してくれるような文化は、まだ残っているのでしょうか?
    口が強いのは、もしかしたら人間同士適度に距離を置くための手法だったのかもしれませんね。

    • うーん、私は下町江戸民ではないので(城南民)なので、何ともいえない部分はあるのですが「気が短い」「熱い湯が好き」「『ひ』の発音が苦手で電話口で聞き直される」「おっぱじめる、ぶん回す、手銭」辺りの江戸語文化圏内と言われれば該当するのかなーという辺りです。

      人間関係的に関してはお互いあまり深く関わらない文化が城南は根付いていると思いますよ。江戸時代は下屋敷の武家屋敷まみれの土地で単身赴任者同士の土地ではあまり交流もないって辺りで。あと、ハマ方言がこちらにはかなり流入しております。

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