WWⅡにて日本人にアメリカの武器弾薬を豊富に与えて欧州戦線に投入した結果・・・

アメリカ陸軍の日系人部隊の話は昔から知っていたのですが、ちょっと深掘りして調べてみたところ、とんでもない実態が見えてきたのでレポートさせて頂きます。

GFB

日系人部隊が設立された経緯やその戦績について簡単にまとめると以下のようになります。

・WWⅡ中にアメリカでの人種差別政策により、刑務所レベルの劣悪な生活環境の収容所送りになった日系人から家族の解放と自身の名誉回復と忠誠を示すための志願兵部隊の結成を陳情。

・そうして結成された日系人部隊 陸軍442戦闘団+第100(ワンプカプカ)大隊にプレデター・ターミネータークラスの人間凶器が多数発生

・一般部隊と比べ、銃の組み立て速度3倍移動速度1.3倍✕8時間という鬼性能を訓練中に発揮。

・部隊のモットーはGo for broke!(当たって砕けろ、死力を尽くして戦え)前後の事情を汲んで意訳すると「ヤケクソ」である。

・当初はアメリカ軍としても、日本からの「人種差別政策だ」とのプロパガンダに対抗するための言い訳という側面もあり、忠誠心を示すための儀礼的な部隊として後方に放置しておくつもりであったが、日系人からの再三の陳情もあり、ヨーロッパ戦線での実戦投入が決定される。

その結果・・・ :-o

・実戦では機械化部隊の入れないイタリア山岳地帯の戦闘でドイツ国防軍相手に無双しまくりで「不可能を可能にする部隊」として司令官の間で引っ張りだこになる。

・一人で機関銃を乱射している敵陣地に突撃して複数の機関銃座を破壊しまくったり、二人で50人近くいる敵部隊に殴りこんで壊滅するなどランボー顔負けの大暴れをする。

米軍が5ヶ月攻めあぐねていたイタリアにおけるゴシック線(ドイツ軍の防衛戦)の山岳要塞の一角を僅か30分で奇襲攻略し、連隊クラスの部隊がドイツのイタリア戦線の防衛ラインを崩壊させるという偉業を達成

銃撃で重傷を負おうが、手榴弾で手が吹っ飛ばされようが、任務達成までお構いなしに戦い続ける、お前らはターミネーターか

衛生兵なのに名誉勲章(軍人としての最高の勲章)を受勲。理由は機関銃掃射や手榴弾の投擲攻撃の猛攻下でもお構いなしに多数の負傷兵を回収したり、被弾炎上した戦車から瀕死の味方を引っ張りだして生還させるなど無茶苦茶な救助をしまくったため

・敵軍に包囲された211名のテキサス大隊を救助するために816人の死傷者(うち216人戦死)を出して敵包囲網を粉砕、救出に成功した。助けた人数よりも救出側の方が多く戦死しているのが・・・  :cry:

・テキサス大隊救出作戦後、ダールキスト師団長が442戦闘団を閲兵したが、あまりにも人数が少ないので「全員並べと言った筈だ」と不機嫌そうにつぶやいたが、並んでいるのは全員(定数の半分)であった他は戦死したか病院送りで、酷い部隊は150前後が定数の中隊にも関わらず五体満足な兵は8名しか生き残っていなかった。連隊長代理のミラー中佐からこの事実を告げられた師団長は、あまりの凄惨さに絶句し、スピーチもできなかった。

・そんな442戦闘団の死傷率は驚きの31.4%、普通の軍隊だったら崩壊して潰走いるライン。ちなみに佐官クラスが負傷・戦死しまくっているのも色々おかしい。

・3800人の戦闘団の定数に比して獲得した勲章の数も何か色々おかしい。
議会名誉黄金勲章✕1 ←民間人への最高級勲章
名誉勲章(議会栄誉章)✕21 ←軍人への最高級勲章
陸軍殊勲十字章✕52
シルバースター✕560 ←うちリピート受勲28
勲功章✕22
陸軍軍人章✕15
ブロンズスター✕4000 ←うちリピート受勲1200
パープルハート章✕9486 ←死傷兵に与えられる
大統領部隊感状✕7枚

定 数 3 8 0 0 に対して パープルハート勲章9 4 8 6 個 って・・・えーと各人残機が2~3くらいあったという事ですかね?まー戦死者とその補充もかなり激しかったようですが。

・イカレた戦果とイカレた死傷者を出しまくった割に戦争中の442戦闘団の扱いは極めて悪く、ローマ解放の一番乗りを果たせる立場にあったにも関わらず、手前で待機を命じられて白人部隊に一番乗りを奪われたり、ダッハウ強制収容所の解放といった名誉ある行為も長らく公表されなかった。挙句の果てには、勲章も白人部隊と比べ内容に対して1ランク下の物を与えていた。

・差別される立場に有ることをよく理解して勇戦していた442部隊であるが、味方から「ジャップ部隊」と言われると上官だろうが何だろうがブチ切れて謝罪するまで掴みかかって抗議した。

・戦後の公民権運動後、442戦闘団隊員の名誉回復がなされ、勲章の格上げがインフレ的になされるという珍事が発生。アメリカの人種差別の根深さを改めて思い知らされるエピソードとなった。

 

そんな隊員の個別の戦績を改めて検証してみると、本当に凄まじいです :oops:

 

シズヤ・ハヤシ

1943年11月29日のイタリア・チェラスオーロ近郊にて、敵による高台から手榴弾やライフル、機関銃砲火による攻撃を受ける中、一人で高台の機関銃銃座に突撃をかけ、7名を殺害。さらに進撃して対空機関銃に銃撃されるも小銃で応戦、9名殺害、4名を捕虜にして捕獲。16殺、4捕虜。しかもWWⅡから生還。

 

テッド・タカユキ・タノウエ

1944年7月4日のイタリア・Molino a Ventoabbto近郊の遮蔽物のない高地を小隊で制圧。本人は構築中の機関銃座を襲撃して3名を死傷させ、2名を追い払った。そこへ敵の小銃兵による攻撃が加えられるが、即座に反撃、3名を更に死傷させるも、敵手榴弾による攻撃で左手に重傷を負う。それでもひるまず前進し、敵の塹壕を軽機関銃で掃射して数人の敵兵を負傷させ、ここで弾薬が尽きたため味方の所へ補給しに戻るも、途中で敵歩兵陣地を発見し、すかさず手榴弾を投げ込んで破壊。それに気づいた敵の機関銃座から銃撃を受けるも(敵の武器を使って?)反撃して銃座を沈黙させ、更に上に構えていた歩兵陣地からも攻撃されたので、反撃して敵兵3名を負傷させた。二ヶ月後、イタリアのサンマウロ近郊で戦死。

 

ジェームズ・K・オークボ

1944年10月28・29日と11月4日のフランス北東部ビフォンテーヌ近郊のForet Domaniale de Champにて10月28日に、地雷原と防柵の後方から急襲する強烈な敵の砲火の 下で、、敵の防御線より150ヤードの地点から、40ヤード以内にまで匍匐前進した。彼が最後に残った負傷した仲間を回収する間、2個の手榴弾が投げつけられた。敵の小銃と機関銃による連続集中砲火の中、28日に17名、翌29日にもう8名の仲間の手当てにあたった。11 月4日には、機関銃砲火の中75ヤードを走り抜き、敵の砲火を浴びる中、被弾炎上した戦車の中から重傷を負った仲間を引きずり出し治療を施しその命を救った。

 

ロバート・T・クロダ二等軍曹

1944年10月20日のフランス・ブリュイエール近郊にて部下を率いて前進し、敵の狙撃兵と機関銃陣地を撃滅したが、濃密な樹林の斜面に陣取っている敵兵から猛烈な砲火を浴びせられた。敵軍の機関銃の位置を正確に把握することが出来ないまま、彼は激しい砲火を物ともせず、峰の頂上まで突き進んだ。一旦彼が機関銃陣地を発見すると、その10ヤード以内の地点まで接近し、手榴弾で敵の射手3名を殺害した。さらに彼は小銃をフルオートで乱射し、少なくとも3名の敵兵 を死傷させた。彼は自身の弾薬が尽きたところ、米軍将校が隣接した丘にある敵の機関銃座から、銃撃を受けていることに気が付いた。そこでその将校の援護に駆けつけたところ、将校は既に戦死していた。彼は戦死した将校の軽機関銃を拾い、火の海の中、次の機関銃陣地へ突撃し陣地を破壊した。そこで彼が新たな敵による砲火に気づき振り返ったところ、敵狙撃手にの銃弾を受け、戦死した。

 

えー、キルレシオが何かおかしいのですが・・・軽く一人で二桁は殺っているような・・・

ここまで調べ、旧軍出身者で朝鮮戦争ではアメリカ軍と共同戦線を戦い抜いたペク・ソンヨップ(白 善〓)将軍が記述していた台詞を思い出しました。

「日本軍は下士官以下の連携とチームワークは素晴らしい、ただし上官は所謂「お偉方」で官僚的かつ末端の兵士の事には無関心なカス野郎だった。アメリカ軍は末端は日本に劣るが、将官レベル(マッカーサー)の上官ですらジープで前線の末端兵士を訪ね、『食料や弾薬に不自由はないか?家族とは連絡を取れているか?体調は大丈夫が?』といった細かいケアをする辺りが素晴らしかった。」と回想していることを思い出しました。

442戦闘団の戦績は、これらの日米軍のそれぞれの長所をうまく融合させて戦力として活かせた部分にあるのではないかと思われます。

そういえば、アメちゃんと陸自普通科砲兵部隊との合同演習を終えた後、アメちゃんが「スペシャルタスクフォースを合同演習に連れてきても意味は無い」と大まじめに忠告されたというエピソードを思い出しました。

日本人ってどこか壊れているのかなと思ったり思わなかったり。 :-(

WWⅡにて日本人にアメリカの武器弾薬を豊富に与えて欧州戦線に投入した結果・・・” への15件のコメント

  1. わたしたちの世代は望月三起也先生の
    「最前線」を読んでましたんで
    (正確に書くと年上の従兄が持ってたのを読んだ)
    二世部隊の存在と442部隊という名前と
    その勇戦ぶり、白人上官の差別っぷり(いい上官もいる)等々
    よく知ってました。

    当時は子供だったため「ふ~ん」くらいの感覚で読んでましたが
    大人になっていろいろ知ると誇らしいやら悲しいやら、
    複雑な気持ちです。

    こんな感じだったのでここ最近
    ネット上で二世部隊が脚光を浴びてるのを見ながら
    「え、そうか二世部隊って普通の若い人たちは知らないのか!」と
    逆に驚いてる次第です。

    • 望月先生の作品はむかーしどこかで読んだ記憶があります。実際の戦績と比べると大分コミカライズされてゆるーく書かれているのだなと思います。リアルに描いたら凄惨過ぎて子供向け作品にはならないでしょうし。

      日本人は「名誉or死」を突きつけられると迷わず死を選ぶメンタリティが戦国時代から備わっていると思います。

      こんな連中に豊富な武器弾薬を渡して名誉回復のための戦いを強いたらこんな事になるという証左なのかと思います。

      上官としても、敵性人種、しかもイエローモンキーと忌み嫌って差別していた連中の親分になって戦う、しかも死への恐怖ゼロで有能なためアホみたいな戦果を上げるものだから、どんどん危険な戦場に送り込まれて、佐官クラスですら死ぬリスクが加速度的に上がっていく。指揮官側としてもさぞや複雑な気分だったのだろうな~と思える位には齢を食ったのだなと思う今日此の頃でした。

      • うむイケイケれっつごーのバブル世代でもメリケン上司がビビってたのを見ましたよ(成果報酬にがっついた若者だった僕でしたw

        • 日本人がイケイケになると止まりませんよね。
          WWⅡの生き残りからお話を伺っても独特のイケイケなノリを感じますし、多分民族性なのだと思います(;・∀・)

  2. テッド・タカユキ・タノウエさん左手に重傷を負い、二ヵ月後に戦死って
    普通退役するのでは・・・?

    • 後方に下がるにしても、人員カツカツで負傷兵も駆り出して投入していたみたいですよ。損耗率がこれだけ悲惨な上、指揮官から大人気の精鋭部隊となれば・・・

      • 左手の重傷くらいでさがれるかぁぁぁっ~右手は健在じゃぁぁっとゆー方だったのでしょうね。

        • 右手に被弾しても左手で手榴弾をぶん投げて戦い続けて、最後に手榴弾で右手を吹っ飛ばされるまで戦い続けたダニエル・イノウエ米上院仮議長のような化物もいますよ!

          ちなみに出血多量で血圧が下がりまくって麻酔がかけられず、そのまま残った腕の切断手術をしたらしいです。

    • と、私も思っていたのですが

      ナポリ・フォッジア作戦とそれ以降にて、日系人部隊が劣勢な戦線において銃剣を着装し一斉射撃後「バンザーイ」と日本語で絶叫しながら白兵戦を挑むという被害無視の敵陣突破戦術を繰り返していた&ドイツ側がその剣幕と恐怖で壊走するというエピソードを読み、これは「日本人部隊」と言ったほうが適切だろうと判断したものです。

      本文にもその意図を記述すればよかったですね。申し訳ございません。

  3. 任務を果たすため、仲間を助けるためには命を投げ出す日本人気質は現在まで脈々と受け継がれているように思います。東日本大震災の時に住民の避難放送を続け津浪にさらわれた女性のニュースの時にそのことを強く感じました。敵国としたらこの気質は恐怖以外の何物ではないと思います。
    203高地、硫黄島、本質は同じかもしれません。
    最近笑ったのはスプラトゥーンとかいうゲームのネタですね。ゲームが好きな友人によるとFPSでも日本人チームは異様に強いらしいです。

    • 当時WASP(アングロサクソン系白人のプロテスタント)に一番嫌われていた黄色人種のマイノリティーであり、米国内でもぼちぼち農場経営で成功を収めつつあった日系人が財産没収+収容所送りという不幸のどん底に不当に叩き落とされて、それに対して彼らは「命をかけて自身と家族の名誉回復と自由を勝ち取る」という悲壮な戦いに身を投じた訳でして、そうなると本来の日本人のメンタリティである。
      名誉>>>>>>>>命
      という価値観が発動したのでしょう。
      WWⅡ後、トルーマン大統領に、「諸君は敵のみならず偏見とも戦い勝利した。(You fought not only the enemy, you fought prejudice-and you won.)」とまで言わしめた彼らの行為がその後の公民権運動を後押しする原動力の一つとなったのはでないかと思います。
      少なくとも、この活躍を転機にして日系アメリカ人は「穏健な優良マイノリティー」という評価を獲得していくことになります。

      スプラトゥーンは本当に日本人プレイヤーがヤバいらしいですね。最近では日本人の活動時間帯になると米国人プレイヤーがログアウトして逃げるらしいですし。

  4. 勇敢でガッツがあり、家族や自分の未来や名誉の為に凄惨な環境でも闘えるできる兵士が沢山いても、日本軍の様に持たせる武器、戦術、補給、その他の支援がプアだとぼろ負けするんですよね。

    この戦訓は後世に活きたのか、知るのは後世の歴史家のみなんでしょうが、少なくとも最近の経済戦争では負け続きで、ダメなんじゃないかなーと言う気がしてきます。

    • うーん、今までブイブイ言わせていた中国とドイツがTPP経済圏にボロクソにやられるシナリオが見えてきたのでそれはどうでしょうね。

  5. 何かを見てて、気が付けば流れつきました。陸上しか知りませんが、下士官・兵の練度というか、ありようを何だか思い出しました。 日本は今も昔も「士官はボンクラが多いが下士官・兵は非常に優秀」(戦前、英国の士官の言葉)が伝統な気がします。

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